東工大の研究グループが有機ELディスプレイの電子注入層と輸送層用の新物質を開発


2017.01.13

有機ELディスプレイの電子注入層と輸送層用の新物質を開発
―有機ELディスプレイの製造への活用に期待―


東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授らは、国立研究開発法人 科学技術振興機構(以下、JST)戦略的創造研究推進事業において、有機エレクトロニクスに適した新しい酸化物半導体を開発しました。

有機半導体は電子親和力[用語1]が小さいため、カソード(陰極)から活性層への電子注入の障壁が高く、有機ELディスプレイでは、これがネックになっています。また、カソード(陰極)から活性層に電子を運ぶ電子輸送層に、移動度が大きく透明な物質がないため、その厚さを大きくできないので短絡が生じやすいという課題がありました。

細野教授らのグループは、IGZO-薄膜トランジスタ(TFT)が有機ELディスプレイにも実装され始めたことを受けて、より安定に動作し、しかも低コストで製造できるプロセスを可能にする電子注入層と電子輸送層用の新物質を透明アモルファス酸化物で実現しました。前者としては金属リチウムと同じ低仕事関数[用語2]を、後者では従来の有機材料よりも3桁以上大きな移動度を持つものです。これらの物質を用いると逆積み構造(陰極が下部)でも順積み構造のデバイスと同等以上の性能を持つ有機ELデバイスが実現できることを示しました。

今回開発した透明酸化物半導体は、いずれも透明で化学的にも安定し、室温で大面積の基板上に透明電極であるITO(透明導電膜)と同様に容易に成膜できます。しかも形成された薄膜はアモルファス(非晶質)のため、表面の平滑性にも優れており、ITO電極上に成膜したこれらの薄膜は一括でウエットエッチング処理が可能で、量産性に優れたプロセス構築が可能です。

本研究は、JSTのACCELの一環として行われ、東京工業大学の金正煥博士、旭硝子株式会社(以下、AGC旭硝子) 技術本部商品開発研究所の渡邉暁博士らと共同で行ったものです。

本研究成果は、米国科学誌『Proceedings of the National Academy of the USA』のオンライン速報版に2016年12月27日に公開されました。

研究の背景と経緯

1996年に細野教授らのグループは結晶並みの大きな電子移動度を持つ透明アモルファス酸化物半導体(TAOS)[用語3]の材料設計指針と実例を報告しました。2004年にはTAOSの1つであるIn-Ga-Zn-O(IGZO、通称イグゾー)を活性層とする薄膜トランジスタ(TFT)[用語4]をプラスチック基板上に作製し、約10 cm2/(V・s)の電界効果移動度が得られることをNature誌に発表しました。この移動度は水素化アモルファスシリコンよりも1桁大きく、スパッターリング法[用語5]で容易に大面積の基板上に作製できることから、ディスプレイ分野で大きな反響を呼び、フラットパネルディスプレイ応用を目指した酸化物TFTの研究が世界的に立ち上がる先陣となりました。そして2012年ごろからスマートフォーン、タブレットPC、高解像液晶ディスプレイへの実用化が始まり、2015年から開発当初の目標であったIGZO-TFTで駆動する大型有機ELテレビの生産が本格的に開始されています。

しかし、現在の有機EL[用語6]ディスプレイには改良すべき課題が沢山あります。その1つは、陰極から如何にスムーズに電子を発光層へ運んで注入するかです。これは、有機発光層の電子親和力が一般に3eVよりも小さいのに対して、陰極に使えるアルミニウムなどの金属の仕事関数はこれよりもずっと大きいため、陰極から発光層へ電子を注入するための障壁が高くなってしまいます。また、電子が移動できるn型の有機電子輸送層は、移動度が10-3 cm2/(Vs)以下で、強く着色し光を透過しにくくします。このため、抵抗を低く抑え、光の取り出し効率を低下させないために、輸送層を薄くしなければなりません。しかし、これが原因でピンホールによって陰極と発光層の短絡が生じやすい原因となっています。

また、IGZOなどの酸化物半導体はn型であり、小型OLEDディスプレイの駆動に使われているp型の多結晶シリコン(LTPS)を駆動用TFTとして用いる場合、デバイスの積層(陰極が上部にくる順積み構造)を逆(陰極がボトム)にした方が素子の安定性や焼きつき防止に有利であることは既に知られています(図2参照)。しかし、逆積みにしても有効に働く電子注入層用の物質がこれまで報告されていませんでした。


図2. 駆動用TFTと有機ELとの接続

p型シリコンTFTをそのままn型酸化物TFTで置き換えただけでは、TFTのソースが有機ELに接続してしまうので、有機ELに流れる電流(IOLED、発光強度に比例)が有機ELの特性の変動で変わってしまう。これを避けるためには、陰極と陽極の上下を逆転した逆構造が有利になる。

研究成果の内容

今回開発した新物質は、いずれもありふれた元素のみを成分とするアモルファスの半導体物質です。電子注入層用には仕事関数が小さく、同時に安定という相反する特性が要求されます。本研究グループは、2003年に12CaO・7Al2O3(以下C12A7)を用いて、室温で安定な電子化物(エレクトライド)を初めて実現しました。電子化物は、電子がマイナスイオンとして働く物質の総称です。C12A7電子化物は、元のC12A7とは異なり、高い電子伝導性を示すだけでなく、その仕事関数は2.4 eVと金属カリウムに匹敵する小さい値を持ち、素手で触れられるほど化学的に安定です。しかし、その薄膜の作製には900 ℃以上の高温が必要なため、有機エレクトニクスには応用ができませんでした。

同グループは、緻密に焼き固めたC12A7電子化物の多結晶体をターゲット(図3)にしてスパッタ-リング法で室温にて製膜を行ったところ、得られた薄膜はアモルファスであり、結晶C12A7電子化物と同程度の濃度のアニオン電子を含むことを見いだしました。そして、紫外光電子分光によって求めた仕事関数は3.0 eV(電子ボルト)であり、金属リチウムやカルシウムと同程度でした。可視光領域には大きな吸収帯を持たないため、薄膜は無色透明です。アニオン(陰イオン)電子が特定の原子の軌道を占有しないので、その仕事関数が小さいという電子化物の特徴がアモルファスになっても保持されていることが明らかとなりました。

また、電子輸送層用としてアモルファス亜鉛シリケート(a-ZSO)を開発しました。この物質は電子移動度が~1 cm2/(V・s)とn型の有機半導体よりも3桁以上大きく、陰極として使われるITO(透明導電膜)やアルミニウムとオーミック(オームの法則が成り立つような)接触します。そして、仕事関数は3.5 eVと既存の酸化物半導体のいずれよりもかなり小さくなりました。


図4. 有機エレクニクスに関係するいろいろな物質の仕事関数

今回、開発したa-C12A7エレクトライドとa-ZSOは、化学的に安定で、かつ仕事関数が例外的に小さい。また、a-C12A7:eのフェルミレベルが有機半導体の最低空軌道の位置に近く、電子注入に有利なことがわかる。
a-C12A7エレクトライドを電子注入層に、a-ZSOを電子輸送層に用いて、逆積みの有機ELデバイスを作製したところ、広く使われているLiF+Alを用いた順積みデバイスよりも優れた特性を示しました(図5)。また、ZSOは移動度が大きく、かつ透明なことから、厚さを1桁大きくしてもEL特性はほとんど影響を受けないので、これによって陰極と発光層とのピンホールによる短絡を防止することができます。


図5. 今回開発したa-C12A7:eとa-ZSOを電子注入、輸送層として用いた逆構造の有機EL素子の電流―電圧特性

現在、標準的に用いられているLiF+Alを用いた順構造の素子よりも特性が優れていることが明らかである。

今後の展開

今回、有機エレクロニクス用に開発した2種類の透明アモルファス酸化物半導体a-C12A7エレクトライドは仕事関数が小さく、a-ZSOは電子移動度が大きい、しかも化学的に安定という特長を持ちます。室温で透明な薄膜が、ガラスだけでなくプラスチック上にも容易に形成できます。これらの薄膜は透明電極であるITOを付けた大型の基板上にを連続して成膜が可能で、しかも一括でウエットエッチングできるので、量産性に優れた液晶ディスプレイの製造プロセスを有機ELディスプレイの製造に援用できるというメリットもあります。ここでは有機ELへの応用を示しましたが、照明や太陽電池などのデバイスへの展開も期待されます。

なお、本研究成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ACCEL
研究課題名
:「エレクトライドの物質科学と応用展開」
研究代表者
:東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
プログラムマネージャー
:科学技術振興機構 横山壽治
研究開発実施場所
:東京工業大学
研究開発期間
:2013年10月~2018年3月
用語説明
[用語1] 電子親和力 : 最低非占有分子軌道のレベルと真空準位のエネルギー差。

[用語2] 仕事関数 : 物質表面において、表面から1個の電子を外部に取り出すのに必要な最小エネルギー。固体の内部から真空中に電子を取り出すに必要な最小のエネルギー。この値が小さいほど、電子を外部に放出しやすい。

[用語3] 透明アモルファス酸化物半導体(TAOS) : Transparent Amorphous Oxide Semiconductor。

[用語4] 薄膜トランジスタ(TFT) : 半導体薄膜上に2つの電極(ソートとドレイン)をつけ、その間に誘電体を載せて、それに印加する電圧で、ソースとドレインの間に流れる電流を制御する素子で、回路のスイッチとして機能する。ディスプレイの1画素には最低でも2つのTFTが用いられている。

[用語5] スパッターリング法 : 薄膜化したい物質に真空下・高電圧でイオン化したアルゴンなどを衝突させることで製膜する汎用の技術。量産性に優れていることから、工業的に最も使われている。

[用語6] 有機EL : 有機物の発光層の薄膜を電極で挟み込んだ構造をもち、陽極から正孔、陰極から電子を注入し有機層で再結合させる発光する素子。液晶と異なり電流を流すことで自発光する。次世代ディスプレイの本命と目されている。OLED(有機発光ダイオード)と呼ばれる製品一般も指す。

論文情報
掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of the USA
論文タイトル :
Transparent amorphous oxide semiconductors for organic electronics: Application to inverted OLEDs
(有機エレクトニクス用透明アモルファス酸化物半導体:逆積み有機LEDへの応用)
著者 :
Hideo Hosono, Junghwan Kim, Yoshitake Toda, Toshio Kamiya and Satoru Watanabe
DOI :
10.1073/pnas.1617186114 outer